正木コレクションの優品である「蓮図(はすず)」(重要文化財)は、足利将軍に同朋衆(どうぼうしゅう)として仕えた能阿弥(1397〜1471)による水墨画です。能阿弥は足利将軍家が所蔵する中国渡来の絵画・工芸品の管理を任されており、和歌や連歌にも長じていたトップクラスの文化人でした。それまでの水墨画に付されるのがもっぱら漢詩であったのに対し、能阿弥は本作に和歌を詠み込んでいます。和と漢の文化のどちらにも通じていたからこその、巧みな取り合わせといえるでしょう。
古来より和歌を詠むことは教養の一つとして重視されており、日本では優れた歌人のことを歌仙と称して崇敬の対象にしてきました。平安時代後期頃、歌仙の姿に代表的な歌を付す歌仙絵が登場し、鎌倉時代には似絵(にせえ)と呼ばれる肖像画の流行ともあわさって多く制作されました。藤原公任(ふじわらのきんとう)(966〜1041)による『三十六人撰』にもとづいた、歌聖柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)をはじめとする三十六歌仙絵は特によく知られ、多様な作品が伝わっています。
本展ではこれらの作品に加え、過ぎ行く春を愛惜する詩を詠んだ「滅翁文礼墨蹟(めっとうも れいぼくせき)」(重要文化財)や、美しい歌で彩られる『源氏物語』を主題とした作品などを併せて展示いたします。正木コレクションの和歌と墨蹟の作品を中心に、詩歌に詠まれた和漢の世界をどうぞお楽しみください。