高僧の手による墨蹟と、墨の濃淡だけで描く水墨画は、大陸と日本を行き来していた禅僧によって中世日本にもたらされました。中世日本で花開いた禅林文化は多くの墨蹟や水墨画の名品を生み出し、600年の時を経てもこれらの作品は色あせることなく今日まで伝わっています。
当館の令和4年度秋季展示は、コレクションの中から表情豊かな墨の表現に注目して墨蹟や水墨画を中心にご紹介します。今回の展覧会タイトル「墨痕淋漓(ぼっこんりんり)」とは、墨の跡が生き生きとしてみずみずしい様子を表現した言葉です。本展では、漢詩で表現された一見難解な墨蹟や、抽象画のようにも見える水墨画の墨色の階調、水墨のにじみや筆のかすれなどにぜひ注目してみてください。墨蹟の名手として名高い大燈国師(だいとうこくし)の迫力ある筆跡や、墨を撒き散らすようにして描いた水墨山水画、水気の多い水墨を用いて絶妙に表現されるたらし込みの技法など、モノクロームの作品には多様な表現が見て取れます。何が書かれているのか、どのように表現されているのかに注目すると、制作当時の作者の筆運びや息遣い、絵の背景に漂う空気感までもが感じられることでしょう。
正木美術館が誇る中世禅林美術の、多彩な筆墨の世界をお楽しみいただければ幸いです。
主な作品
【併設】滴凍翁(てきとうおう)の茶道具
左:「白地鉄絵蝶文深鉢」中国・金時代 通期展示
右:「茶杓 銘両樋」小堀遠州作 江戸時代 通期展示